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東京地方裁判所 昭和34年(ワ)8044号 判決 1961年12月04日

原告 高橋重雄

被告 東京ネオン株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告は、原告に対し東京都大田区西六郷三丁目五一七番地の一号宅地一五八坪の地上にある鉄骨トタン張の高さ約四〇米の「お買物は松坂屋」と書かれた広告塔一基を収去し、右土地を明け渡せ。訴訟費用は被告の負担とするとの判決と仮執行の宣言を求め、請求原因事実並びに被告の抗弁について左の通り述べた。

一、原告は、昭和二六年二月一日その所有にかゝる右申立の宅地一五八坪を広告塔建設の目的で期限を定めず被告に賃貸した。

二、被告は、同年七月一日頃右土地を訴外株式会社松坂屋に転貸し、右株式会社松坂屋は、「お買物は松坂屋」と書かかた広告塔を建設し、原告は右転貸しを承諾した。

三、右株式会社松坂屋は、昭和三四年二月二〇日右広告塔の宣伝効果が減少したことを理由に右転貸契約を解除し、被告は、同時に右株式会社松坂屋からその広告塔を無償で譲りうけるとともに、譲受後の広告塔の取毀費用の負担をふくめたその処分に関する費用及び責任を負担する旨を約した。

四、ところで、右広告塔は建設以来修理も行われず、附近住居もその倒壊破損による危険を感じる程であり、また、広告塔が都条令で地上一〇米に制限せられるに至つた現在、本件土地は、周囲の建物がその見通しを妨げているため広告塔敷地としての利用価値をも喪失し前述の通り、訴外株式会社松坂屋は右広告塔の所有権を放棄し、被告もこれを放棄しているほどであるから、原告は、昭和三四年六月一九日内容証明郵便で前述の本件土地賃貸借契約を解除解約の意思表示をなし、同意思表示は、同年同月二二日被告に到達したから、原告は、被告に対し右にもとずいて、本件土地から前述の広告塔を収去してこれが明渡しを求めて本訴に及ぶと。

また、被告は、第一回口頭弁論期日において、本件土地の使用関係が原告主張通りの賃貸借契約関係であることを自白しているから、その自白の撤回には異議がある。

そして、被告の主張に対し、同一のうち、被告主張の日時の点を争いその余を認める。

同二のうち、被告主張の地代と権利金の約定のあること並びにそれら地代と権利金を受領したことを認めてその余を否認する。

同三に対し、本件土地の賃貸借契約について、借地法の規定を類推適用することはできない。

同四に対し、被告の権利乱用の主張を否認する。本件土地は、都条令の改正、環境の変化で、広告塔としての効用を充すことができない。したがつて、被告は、本件土地をひきつゞき利用する目的を失つているのにかゝわらず、原告から金銭的利益をえるためあえて抗争するものであると。<立証省略>

被告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求め、請求原因事実に対する答弁並びに抗弁をつぎの通り述べた。

請求原因一の事実は認めるが、本件土地の使用目的は原告主張の如く広告塔使用に限られているわけではない。と述べたが、後右自白を後述の通り撤回した。

同二の事実中、訴外株式会社松坂屋が広告塔を建設した点を除きその余を認める。被告が本件土地の一部に広告塔を建設し、これを右株式会社松坂屋に譲渡したものである。

同三の事実中、原告主張の日時に、被告が訴外株式会社松坂屋から本件広告塔を譲りうけたことは認めるがその余を争う。

同四の事実中、原告主張の本件土地賃貸借契約解約の意思表示のあつたことは認め、その余を争うと。

そして、一被告会社は、昭和八年頃原告から本件土地を借り受け、同地上に高さ一〇〇米の広告塔を建設し、訴外武田薬品株式会社の製品「ノルモザン」のネオン広告塔を完成し、これを同訴外会社に譲渡し、その後の管理一切を被告会社においてひきうけてきたが、昭和一四年の広告物廃止令、金属回収令により、その頃右広告塔は撤去されるにいたつた。

二その後、被告会社は、昭和二六年二月一日原告に対し権利金五万円、地代一ケ月坪当り金三円毎月末日払いの約定で原告との間に本件土地に地上権設定契約を締結した。

右約定書には「賃借契約」なる文言が使用されているが、原告は、当時、被告が本件土地上に鉄筋コンクリートで固めた土台を設けてその上に高さ百尺の鉄骨の広告塔を建設することを了承し、前述の通り所有権売買価格に近い権利金を受け取つている関係から、本件土地使用の約定は前述の通り地上権設定契約と解さなければならない。この点について、被告は、さきに原告主張の土地賃貸借契約を認めたが、この自白は撤回する。

右自白は、事実に反し錯誤にもとずくものである。

三仮りに、右地上権設定契約が認められないとするも、本件土地使用関係には借地法の規定が準用されるべきである。

そして、前陳の広告塔は建築費四六〇万円を要し、通常建物の建築費用に比肩できるものであることはもとより、堅固な建物と目すべきもので、その期間について定めのない以上、その貸借期間は六〇年と解してしかるべきものである。また堅固ならざる建物の所有を目的としても三〇年と解されねばならない。したがつて、原告の解約の申入は、その貸借期間中になされたもので無効である。

四仮りに、右主張も認められないとすれば、原告の本件土地賃貸借契約の解除は権利の乱用である。

前述の如き広告塔が建設されている本件土地について、いまだ契約後一〇年前後にして、原告の解約が認められるとすれば、原告はこれをさらに第三者に賃貸する等して莫大な利益をおさめることができる反面、被告は、莫大な右広告塔撤去による損害や費用を負担しなければならないのみならず、その広告塔はスクラツプやコンクリートの塊に化して社会経済上の損害も測り知りがたい。それに被告は、原告に対し相当な条件での本件土地買取りの申出もしているのであると。<立証省略>

理由

原告は、昭和二六年二月一日、その所有にかゝる東京都大田区西六郷三丁目五一七番地の一号宅地一五八坪を広告塔建設の目的で期限を定めず被告に賃貸したと主張し、被告は、はじめ右主張を自白したが後これを撤回し、原告の異議に対し、右の土地使用契約によつて被告は右土地に地上権を取得したものであるから、右自白は事実に反し錯誤にもとずくものであると抗争する。

しかしながら、右地上権設定契約がなされたことを認めるに足る証拠はなく、したがつて、右自白が事実に反するものであることが認定できないので、自白の撤回は許されず、原被告間に、原告主張の本件土地の賃貸借契約が締結されたことは争いがない。

ただ、被告は、右土地使用目的が広告塔の設置に限つたものでない旨主張し、被告会社代表者広辺泰蔵の尋問結果によると、本件土地は広告塔所有のためには必要以上の広さがあり、被告会社では、その一部に広告塔管理人の住宅をも建築する意向であつたことが認められるが、その成立について争いのない甲第一号証や証人高橋サトの証言によると広告塔建設の目的に限定して賃貸借契約が締結されたものと解さなければならない。

しかるところ、原告は、昭和三四年六月一九日内容証明郵便で前述の本件土地賃貸借契約を解約する旨意思表示し、同意思表示が同年同月二二日被告に到達したことにより右賃貸借契約は有効に解約された旨主張するので、まず、前示本件土地の賃貸借契約について借地法の適用準用の有無を考察する。

前示の通り本件土地賃貸借契約は広告塔建設を目的とするものであつて、同地上に建設された広告塔は、前示証言や被告代表者尋問結果並びに弁論の全趣旨からコンクリートの四間半平方二〇尺の厚さの土台の上に高さ一〇〇尺の鉄骨を組み、その周囲に鉄板をはりつけ、「お買物は松坂屋」との文字をのせ、また電飾を施し、下部に自動装置のモーター室があることが認められる。また、右証言、尋問結果から被告が戦前、原告から本件土地の一部を、やはり、広告塔建設所有の目的で借り受け、前示コンクリート土台上に右と同様規模の株式会社武田製薬の製品「ノルモザン」の鉄骨製広告を建設したこと、そして、太平洋戦争開始後、右広告塔は金属回収のためその撤去命令をうけて、右コンクリートの土台から一尺上で切断してとりはらわれたこと、そのため、被告はその使用目的を失い右借地の使用を中断し、いきおい原告に返還されたこととなつたが、戦後再び前記賃貸借契約を締結し、右コンクリート土台を利用して前示現在の広告塔が建てられたこと、被告会社は昭和六年設立以来、都内に数十本の広告塔を所有し、またネオンサイン等を製造し、商社等にこれら広告塔を利用させることを目的とするものであることが認められる。

ところで、借地法は、建物の所有を目的とする賃借権に適用されるものであるが、右の「建物」とは土地の工作物の概念よりは狭く、また、住宅、工場等の建物に限定する趣旨でないことも明かであるから、前示認定の広告塔が屋蓋四囲の障壁等をそなえる構造ではないが、堅固なコンクリートの土台をもつ鉄骨で構成せられた半永久的性質をもつ鉄塔であり、その登記の有無はとにかくとして、前記借家法にいう「建物」と解することは不当でなく、かゝる広告塔を建設所有して、広告業を営む被告会社と原告間の本件土地賃貸借契約については借地法の適用があるものと解するを相当とし、右契約にその存続期間の定めがない以上、その賃借期間は堅固の建物の所有を目的とする場合に準じ、前示昭和二六年二月一日から六〇年間と解さなければならない。

しかるところ、右賃貸借契約においては、その目的を広告塔の建設所有に限定していることは前認定の通りであるが、かゝる約定が右借地法第一一条に抵触するものではないことはいうまでもないところ原告は、現在都条令により広告塔は高さ一〇米に制限せられているが、本件土地は周囲の建物がその見通しを妨げているため右制限の高さでは広告塔敷地としての利用価値を喪失し、訴外株式会社松坂屋も、そのためその所有権を放棄し、被告もこれを放置している次第で、右契約の目的を失つた旨主張するので按ずるに、原本の存在並びにその成立について争いのない甲第二号証や前示証言と被告会社代表者の尋問結果によると本件土地上に前示広告塔を建設所有した訴外株式会社松坂屋が右広告塔を被告会社に対し無償譲渡したこと、当時右広告塔に対し附近住民からテレビ、ラジオの障害となる旨文句があり、また、右松坂屋に対し広告塔の撤去を求める申し入れがあり、被告会社は右譲り受け後解体の意向を有したこと、そして、台風の来襲に際しては、その危険部分の撤去を余儀なくされたこと、新都条令により広告塔の高さは一〇米に制限され、前記広告塔はそのままでは使用できなくなつたが、被告会社では本件土地の紛争が解決次第右広告塔の高さなどを変更して使用する予定であり、附近の高層建築も、とくに右広告塔の効果を減殺するものでないことが認定できるので、原告主張の如く現在すでに本件土地の広告塔のための使用目的が消滅したものとはただちに認めることはできない。

したがつて、原告の本件土地賃貸借契約の目的喪失を理由とする契約解除はさらに判断をすゝめるまでもなくその理由なく、また、同時に原告の解約告知があつたとしてもそれは前示賃貸借期間満了前になされているので、その解約も、さらに判断をすすめるまでもなくその効力を有しない。

そうすると、被告の主張についてはさらに審理するまでもなく、原告の本訴請求は、その理由なく、失当として、これを棄却し訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 西岡悌次)

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